4 異能の魔導師


 彼は、帝国軍の精鋭部隊に所属している弓兵だった。
 彼が所属するのは、敵対している隣国バルディアの魔導師部隊との戦闘のために作られた対魔導師部隊。魔法に抵抗力のあるミスリル銀のプレートメイルとヒーターシールドに身を固めた〈盾〉チームと、彼らが魔導師の足を止めている間に遠距離からの狙撃で魔導師を倒す〈弓〉チームから成る部隊だ。
 その装備の贅沢さゆえに、他の部隊から『金食い虫』と揶揄されるこの部隊は、しかし幾多の戦いにおいて強力な魔導師を討ち果たし、実績をあげていた。
 今回の戦いにおいても、彼らはなんの不安も抱いていなかった。バルディアの宮廷魔導師とですら互角以上の戦いができるこの部隊にとって、魔導師はまさに、狩られるために存在する獲物のようなものだったからだ。
 むしろ、普通なら通常部隊が担当する南の蛮族討伐の任務が回ってきた事に、彼らはプライドを傷つけられていた。華々しい前線から離れ、辺境へ行けというのか――部隊の隊長であるカル=ラサール伯爵は最後まで文句を言っていた。
 しかし、彼らは注意すべきだったのだ――先に蛮族討伐へ赴いた部隊が、たった一人の魔導師によって壊滅したという事実に。それゆえに、自分たちが派遣されたのだという事実に。だが、バルディアとの戦争ですら権力闘争の一部と見る貴族達の考え方が、彼らの目を曇らせていた。
 もっとも、この蛮族の地へ足を踏み入れたその日のうちに、彼らは自分達の考えが誤っていたことを理解させられたのだが。
(くそっ……いったい、あいつは何なんだ……!?)
 手にした弓が汗で滑る。必死につかみなおし、彼は道も無い山肌を駆け上った。眼下の荒地では、今まさに〈盾〉チームが蛮族の魔導師との戦闘に入っている。見晴らしのいい狙撃ポイントを確保し、遠距離から狙い撃つのが彼の役目だった。
 左手の岩陰から、突如蛮族の男が雄たけびを上げて飛び出してきた。粗末な衣をまとい、こちらは討伐隊から奪い取ったのだろう、錆びの浮いた刃こぼれのひどい剣を振りかざしている。
 彼は矢をつがえようとしたが、一瞬のうちに間に合わぬことを悟り、破れかぶれに腰に挿していた短剣を抜き放った。
 蛮族独特の気合の叫びが男の喉からほとばしり、振り上げられた剣が彼めがけて振り下ろされる。間一髪で短剣で剣をそらすと、目を閉じ、無我夢中で短剣を突き出した。
 ギャッという悲鳴と共に、短剣が肉をえぐる感触が腕に伝わってくる。目を開けると、蛮族の男は血を撒き散らしながら岩肌を転げ落ちていくところだった。手がぬめる……そう思って見下ろすと、短剣とそれを持つ手が血まみれになっていた。
 男は服で乱暴に手をぬぐうと、再び弓を構えて走り出した。同じ場所にいては、また襲撃される。
 3日前、初めてこの地へ訪れた時も、こうして多くの仲間が蛮族の手にかかって死んだ。
 蛮族たちは、集団で行動し、何人もが集まって一斉に襲ってくるという戦術をいつも取っていた。それは、過去何年もの間、蛮族討伐の間に蓄積された情報から見ても明らかで、そして、カルセドニアの対蛮族戦術というのは、全てそれを前提としているのだ。
 だが今、蛮族たちの戦い方は一人一人がバラバラに行動し、物陰などを利用して奇襲を掛けてくるというゲリラ戦術に変わっていた。そのため、単身見晴らしの良い場所に移動し、狙撃する弓兵たちは、蛮族の接近に気づけなかったり、あるいは弓を構えている不意をつかれたりして、次々と倒されていったのだ。
 岩肌を登りきると、眼下に戦闘の風景が広がる。
 彼の顔が恐怖に引きつった。討伐隊が倒され、また精鋭である自分達の部隊が大打撃を受けた理由は、蛮族たちの戦術が変化したこと以上に、今まさに眼下で戦っている者の存在が大きかった。
 一人の男を、重鎧に身を包んだ〈盾〉チームの兵士達が取り囲んでいる。男は、他の蛮族同様粗末な服をまとっており、素肌には染料で模様が描かれていた。そして、左手には先端に黒い石がはめ込まれた杖。魔導師だ。
 〈盾〉チームの3人が息を合わせて飛びかかる。しかし、兵士達の剣は、避けようともしない魔導師の男の眼前で火花を散らして受け止められた。
 男は、腕一つ動かしていない。まるで、見えない壁が魔導師の男をあらかじめ囲んでいたようだった。
 兵士達のうち、二人が剣を振りなおし、もう一人が剣を捨て突進した。捨て身の突進で相手の動きを止め、その隙に剣で斬ろうというのだ。だが、走り出した瞬間、突進した男の体が前傾姿勢のまま縫いとめられた。
 縫いとめられた、と言うしかない。地面から突き出した黒鉄色の槍が、男の体を刺し貫いていた。魔導師の男がにやりと笑い、杖を持っていない右手を振り上げていた。男がさらに右手を横に振ると、縫いとめられた兵士の左右からさらに2本、新しい槍が飛び出してきて、斜めに、兵士の脇の下を貫いた。心臓を貫かれ、兵士は小さく体を震わせ絶命した。
 剣を構えていた残りの二人が、叫びを上げて剣を振り下ろす。しかし、その必死の斬撃もまた、見えない壁によって阻まれ、空中に止められた。
 魔導師が笑う。そして、笑いながら手足を振り回し、奇妙な踊りを踊り始めた。兵士達が初日に見た光景を思い出し、慌てて飛びのこうとしたが遅かった。一瞬のうちに兵士達の周りから黒鉄色の槍が飛び出し、兵士達の体を貫いた。
 彼は、ほぞをかんだ。初日も、あの魔導師の奇妙な踊りにやられたのだ。何の原理かは分からないが、奴は彼の知る魔導師のように呪文を唱えるのではなく、あの踊りで魔法が使えるらしい。
 〈盾〉チームの残りは、わずか数人だった。はじめ20人いた精鋭たちのほとんどは、あの魔導師の槍に貫かれ、命を落としていた。
 隊長のカルが、思案しているのが分かる。これまでの対魔導師戦術がまったく通じないこの魔導師をどうやって倒すか、考えあぐねているだろう。
 彼は体制を整え、弓を構えると矢を弦に掛け、隊長たちが敵に一瞬の隙を作ってくれるのを待った。果たして、隊長たちは剣を構え、散開すると、一気に魔導師に向けて突撃していった。
 できるだけ多方向から攻撃し、相手の集中を分散するのは基本中の基本である。兵士が残り少ない以上、出し惜しみをする余裕は無い。全ての戦力を一度に突撃させる、文字通り、最後の突進だった。
 彼は、矢を引き絞り、その瞬間を待った。
 正面から突進した隊長の剣が魔導師に振り下ろされる。だがやはり、それは魔導師の眼前で火花を散らし、止められた。すかさず、脇から回ってきた兵士達も剣を振り下ろし、あるいは突きこんだ。
 銀線がひらめくように交差する。一撃、二撃、三撃――四撃、五撃、六撃と連続して金属音が響き……だが驚くべきことに、その全てが魔導師の周囲で受け止められていた。兵士達が驚愕に固まったその一瞬、魔導師が腕を振り上げた。槍が突き出し、兵士達を貫いていく。隊長のカルがわき腹を貫かれ、崩れ落ちるのが見えた。
 兵士の一人が、肩を貫かれ血しぶきを飛ばしながら、それでも剣を逆袈裟に振り上げた。だがその決死の攻撃もやはり見えない壁に阻まれ、兵士は新たに生み出された槍に顎を貫かれた。
 その一瞬、魔導師の顔がしかめられるのが、魔導師の動きに集中していた彼の目に留まった。魔導師は左手に持っていた杖をちらりと見ると、するすると後退を始めた。
 その瞬間を見逃さなかった者が二人いた。彼と、倒れたカルだった。彼は視界の中で、倒れていた隊長が跳ね飛ぶように身を起こしたのが見えた。カルはもはや剣を構えようともせず、ただその重鎧の重さに任せて体当たりを放った。鎧は、軽く見積もっても20ガロ(約18キロ)以上ある。ぶつかれば、ただではすまない。
 油断したからか、あるいは別の理由からか、カルの体は見えない壁に阻まれることなく、魔導師の細身の体にぶつかっていった。
 魔導師が吹き飛ばされる。呪詛の言葉を吐くように魔導師の顔がゆがみ、手を振ると、カルの喉めがけて槍が伸びた。カルの兜の後ろから、槍が突き出すのが見えた。
 だが、その死と引き換えに、カルは魔導師に、致命的な隙を与えることに成功した。
(今だ――!)
 よろめく魔導師に、彼は神にすがる気持ちで矢を放った。矢は一直線に魔導師へと飛び、その右肩に突き立った。
 一矢報いた、その喜びに彼が浸りかけた瞬間、魔導師が傷を押さえながら彼の方を見、何か叫んだ。背後で岩を踏む足音が響き、彼が振り向いた時には、眼前に剣を振り上げた蛮族の男がいた。重い鋼が肩から腹にかけてざっくりと薙ぎ払い、彼は激痛と共に暗闇に落ちていった。
 
 *

 ジャスティンは降りしきる雨を忌々しげに見上げ、ため息を一つつくと大またに城内の廊下を歩き始めた。
 近道をしようと中庭を抜けようとしたら、これだ。これから行く場所はびしょぬれの体で行くわけにはいかないため、やむなく、遠回りになるが渡り廊下を通っていくしかなかった。
 ジャスティンは今年で20歳。既に成人の儀式を終えた彼は、幾度かの蛮族討伐やバルディアとの戦闘を経て、いまや宮廷魔導団の若き英才とまで呼ばれるほどになっていた。
 だがその一方で、彼を敵視する人間もまた、決して少なくはなかった。おりしも、すれ違った宮廷魔導師の一人が、会釈をする代わりにジャスティンをにらみつけ、そそくさと歩み去っていった。
 嫉妬の目で見る者、これ見よがしに嫌がらせをする者、あからさまな無視をする者……そういう人間は後を絶たなかったが、ジャスティンはその程度のことを気に病む性格はしていなかった。
 むしろ、長らく彼の心を悩ませているのは、すっかり会うことのできなくなった友人のことだった。ジャスティンとレオンと峰雪……三人で会うことは全く無くなってしまい、特にジャスティンは公式の場でレオンの姿を遠くから見る以外に、彼に会うことは出来なくなっていた。
 ジャスティンは時折、一人であの庭園に赴いてはいたが、レオンが来ている形跡は全く無かった。彼に宛てた置き手紙も、いつしか雨に打たれ、読まれること無く朽ちていった。
 レオンが皇帝に即位して2年経つ。先日、ジャスティンと一緒に成人の儀を迎え、レオンもようやくある程度の発言力を持てたかと思っていたが、峰雪から聞いた話では、そうでもないらしい。
 皇帝になって以来、レオンは戦い続けていた。だが、頼みにしていた六大都市からの協力も大きな後ろ盾とならず、彼はつらい戦いを続けていた。貴族達の妨害はとどまることなく、特に最近では皇帝にあるまじき、山のような書類の仕事ばかりが毎日回ってくるという。
 それも、ひたすらサインをするだけだったり、誤りが無いか確認したりするだけのような単純作業だ。本来、皇帝の仕事ではない。ましてや、その書類には大量にあからさまな誤りが存在したり、逆に見落としそうな細かいミスがちりばめられていたりするという。
 それが、明らかに自分に対する攻撃であることをレオンは知っていたが、それでも、黙々とそれらの仕事をこなしているらしい。峰雪は涙声になりながら、ジャスティンに打ち明けたものだ。
 峰雪は、レオンが皇帝となった後もレオンの〈影〉としてレオンと一緒にいた。だが、彼女は彼女で、つらい思いをしているという。
 峰雪は、〈影〉であるという立場上、本来はレオンのそばに常に控えている。侍女という表向きの立場も全てそのためだ。だが、最近では侍女であることを理由にされ、逆にレオンの近くにいられないという。レオンの部屋や彼の使う部屋の掃除を一人でやらされたり、洗濯や厨房の手伝いなど本来彼女が受け持つはずでない仕事までやらされたりするのだ。
 だがそれでも、彼女は健気に働き続け、仕事が終わればレオンが帰るまで部屋で待っていた。そうして、書類仕事のせいで指に豆をつくり、皮が破れ、痛々しく血がにじんでいるレオンの手に魔法薬を塗って、手当てするのだという。
 ジャスティンは峰雪の話を聞くたびに、自分も身を切り裂かれているような思いをし、また二人をそのような目に遭わす人間達にたまらない怒りを覚える。
 だが、英才と呼ばれようと所詮は宮廷魔導師の一人……ジャスティンが彼らのために出来ることは無く、せめて出来ることがあるとすれば、彼らのために自分の仕事をきっちりとこなすという、ただそれだけだった。
 ジャスティンは渡り廊下を歩きながら、目を窓の外へ向けた。けぶるような雨が城の輪郭をかすませ、低い雲が厚く垂れ込めていた。その景色にたまらない息苦しさを感じ、ジャスティンは目を廊下の先へと戻した。
 あの日、三人で手を重ね、国を変えるのだと意気込んだ時の気持ちは、いつの間にか厚い雲に隠されてしまったように、見えなくなってしまっていた。ジャスティンの胸の中にあるのは、この雨空のような、行き場の無い重苦しい気持ちだった。

 目的の部屋に着き、ジャスティンは軽く息を整えると、部屋の扉をノックした。返事は無かったが鍵はかかっていなかったため、ジャスティンは扉を開けると部屋の中へと足を踏み入れた。
 古びた紙の匂いが鼻をくすぐる。湿気の少ない乾いた空気がジャスティンを包み、つかの間、彼はその空気を大きく吸い込んだ。扉を閉めると外の雨音以外に物音は無く、部屋に置かれた無数の書物や巻物たちが密やかに何かを語りかけているような、不思議な静けさが部屋に満ちた。この静謐な書庫の空気が、ジャスティンは好きだった。
「ロウェンさん、いらっしゃいますか?」
 部屋の奥、いくつもの書棚の向こうへ声を掛けると、一番奥のほうで人の気配がし、やがてローブをまとった小太りの男が一人、手にしたハンカチで汗を拭きながら現れた。
 男はジャスティンの姿を見ると、顔をほころばせた。
「やぁ、ジャスティン君。どうしました、何か探し物ですか?」
 男はひょこひょこと、軽い足取りで歩いてきた。年の頃は50過ぎぐらいだろうか、しかしどこかやんちゃな雰囲気が、眼鏡をかけた彼を陽気な子供のように見せていた。
 男はジャスティンのそばまでやってくると、置かれていた机やいすの上に山ほど書物が乗っているのに気づき、あわててどかし始めた。ジャスティンは笑って、一緒になって書物を片付け始めた。
 書物がどけられ、ジャスティンが席に着くと、ロウェンが飲み物を出してくれた。よく冷えたお茶だった。
「すみませんね、温かい物は湯気が出ますから」
 恐縮するロウェンに、ジャスティンは素直に感謝の気持ちを伝えた。
「ロウェンさん、今この書庫には、他に誰かいますか?」
「いや、いませんよ。いつもの通り、僕一人です」
 笑いながら答えるロウェン。彼もまた、宮廷魔導団の一員だった。
 宮廷魔導師になる者は、ほとんどが帝国軍の中で戦果をあげてきた魔導師か、レスティナのような魔法研究が盛んな街で成果をあげた魔導師だ。大体の者が30から40ぐらいの年の頃に、宮廷魔導団にやってくる。だが、中には50、60になってから宮廷魔導団に入る者もいる。ロウェンは、そういう人間の一人だった。
 彼らぐらいの年齢になると、戦場へ赴いて軍団の魔法支援をするのは難しい。自然、魔法研究や事務方の仕事を任されることが多くなる。世渡りの上手い者ならその中で頭角を現していくことも可能だが、世渡りの苦手な者や権力闘争に興味の無い者は閑職を任され、そこで宮廷魔導師を終えることも少なくない。
 ロウェンは、権力闘争に興味の無い人間だった。妻と二人暮らしで、子供には恵まれなかったらしい。こつこつと交易都市ローディスの魔法研究所で研究し、論文が認められて宮廷魔導団へと入団した。入団以来、この書庫の管理を任され、いつもここで仕事をしている。
 書庫の管理と言っても、たいした仕事ではない。貴重な魔道書やその写本、昔の大魔導師が記した書物や強力な呪文が記された巻物など、価値があるとされる書物はまた別の職が管理している。そちらは、出世コースの一つにも含まれるほど重要と認められている地位だったが、ロウェンの役はそれとは違い、古い魔法の歴史書や雑多な論文、伝説めいた記述の多い信憑性の少ない書物など、あまり重要でない物を管理する仕事だった。
 だが、ジャスティンはロウェンが自分の仕事に文句を言っている姿を、一度も見たことが無かった。彼は汗が書物についてはいけないと常にハンカチを片手に仕事をし、湯気や湿気が出る物も決して書庫内で使おうとしなかった。紙が痛むからだ。
 それほどまでに彼は自分の仕事を愛していた。
 そんな彼は、ジャスティンが宮廷魔導団の中でも心許せる数少ない人物の一人であり、またロウェンも、まだ年若いジャスティンを息子のように思っているらしく、不意にこうして訪れても歓待し、書庫で見つけた面白い話などを語ってくれた。
「実は、ロウェンさんに聞きたい事があってきたんです」
 ジャスティンが切り出すと、ロウェンは苦笑した。
「君が、ですか? しかし、僕はたいした事を知らないし、ここの書物にも大それたことは書いてありませんけど……」
「いえ、ロウェンさんが以前してくれた話を思い出しまして」
 ジャスティンは、自分がこの部屋へと訪れた経緯について話し始めた。それは、つい今朝、ジャスティンの元へ入ってきた一つの情報の話から始まった。
「対魔導師部隊が全滅……」
 ロウェンにとっては寝耳に水だったらしい話を、ジャスティンは詳しく語って聞かせた。
 南の蛮族討伐の話が出たのは、今から三ヶ月ほど前の事だ。前回の討伐からしばらく経ち、また南の地方都市に蛮族が出没し始めたと知らせを受け、将軍達が出動を決めたのだ。
 もっとも、蛮族討伐はすでに何度も行われている事であり、今回も『いつもどおり』貴族達の利権争い――実績の奪い合い――の果てに討伐隊が編成された。
 いつもどおり、何事も無く討伐は終わるだろうと誰もが思っていた。討伐隊からいくらか出る戦死者の弔慰金はどこから出すのかとか、蛮族の首と共に得られる戦利品は誰が手にするのかとか、そんな話ばかりがいつものように飛び交っていた。
 だが、結果は違った。討伐隊の全滅という、信じがたい報告が飛び込んできたのは、討伐隊が南の地に着いてすぐの事だった。
 急遽、会議が開かれ、対策が練られた。今回の討伐で実績を得る事に成功した貴族は逆に責任を問われ、必死に抗弁したという。彼はその夜、馬車に轢かれて死亡した。
 責任を取る者が死亡したために、討伐隊全滅の責任は棚上げされ、具体的な善後策へと会議は移っていった。そうして、全滅の原因が蛮族の中にいる魔導師のせいであると報告が入ってきたために、バルディアの前線へと赴いていた対魔導師部隊を南の蛮族討伐に派遣する事が決まったのだ。
 そして、これで終わりだろうという大方の予想を裏切って、今度は対魔導師部隊の全滅の報が伝えられた。
「にわかには信じられませんね」
「私もです。……ロウェンさん、どう思われますか?」
 ロウェンはしばし腕を組んでいたが、やがてひょいと目を上げるとジャスティンの目を見た。
「ジャスティン君。もし君が、あの対魔導師部隊にけんかを売ったら、勝てますか?」
 無邪気な問いに、ジャスティンはちょっと苦笑した。
「無理です」
「ですよねぇ」
 ロウェンは嫌味な口調ではなく、そう言った。無論、ロウェンもその答えが来ると分かって聞いている。
「だとすれば、私達の知らない未知の力を、蛮族の魔導師は持っているという事です」
「はい。対魔導師部隊の中でただ一人だけ、重傷を負いながら生きていた弓兵がいたんですが、彼の話によれば、その魔導師には一切の攻撃が通じなかったと……」
「ふむふむ」
 ロウェンは頷きながら、ジャスティンがその弓兵の語った内容を話すのを聞いていたが、一段落するとひょいと口を開いた。
「それはおかしいですよ、ジャスティン君。
 どんな魔法を使おうと、無敵になることはできないはずです」
 ジャスティンは頷き、先を促した。ロウェンの頭の回転の速さには、ジャスティンも一目置いているのだ。
「その魔導師への攻撃は、すべて空中で受け止められた。……とすると、それは目に見えなくても実体のある何かが攻撃を受け止めていたという事です。たとえば、風の属性の魔法の中には〈風陣〉という大気を高密度に圧縮して壁として利用する物があります。ですが、あれは炎や風、冷気を防ぐ事はできても物理攻撃を防ぐ事はできません。
 また、君も使える斥力制御の魔法なら物理攻撃をそらす事はできますが、受け止めるのは難しいでしょう。地属性の〈硬壁〉なら可能でしょうが、それだと目に見えないという条件に当てはまらない。
 ……そもそも、何撃もの攻撃を受け止められるほど連続して魔法を使う事はできないし、仮に全身を覆うほどの壁なら、維持するのに膨大な魔力がいるはずです」
 魔法は、一般の人々から見れば信じがたい現象を起こすように見えるが、実際には自然科学に基づいた純然たる理論がその背景に存在する。どんなに奇跡に見えるような現象であっても、それは物理法則の枠の中に存在する現象なのだ。ただ、それが魔法と呼ばれるゆえんは、あらゆる物質とエネルギーを構成する根源要素――魔力――を扱っているからに他ならない。だが、その扱うプロセスすらも、『魔法』という学問において体系化される知識と理論からなっている。
 そうした理論から見て、その魔導師が行っている事は『理論的でない』のだ。
 ジャスティンは頷き、同意を示した。ロウェンは続ける。
「また、槍の魔法というのも気になりますね。話だけ聞けば、地属性の魔法の変形でしょう。物質創生に見えますが、実際には岩盤を形成している岩を加工して突き出しているのでしょうね。
 ……ただ、その発動プロセスが、理論的ではありません。身振り手振りで魔法を使う事など……」
 そこまで言いかけて、ふと気づいたようにロウェンは顔を上げた。
「ジャスティン君。君も以前、手を振るだけで〈灯火〉の魔法を使うのを見せてくれましたね?」
 ジャスティンは笑って頷いた。少し前に二人で話していた時、不意に明かりが消えてしまった事があった。その時に、ロウェンに使って見せた事があったのだ。
「えぇ、ありましたね。……その魔導師のやっている事は、私と一緒だと思います」
 おそらく〈揺らぎ〉が見えるのだろう。ジャスティンはそう思ったが、それは言わなかった。
「ですが、一緒と言ってもあちらの方が上手です。私は、手を振るだけで強力な魔法を使う事はできませんから」
 言葉に、ううむ、とロウェンはうなり、手を組んだ。
「まぁ、しかし槍の魔法に関しては理論的に不可能ではないわけですか。とすると、後は兵士達の攻撃を防いだという、その点ですね」
「そうです。……それをお聞きしたくて、今日来させていただいたんです」
 ひょい、と首を傾げたロウェンに、ジャスティンは言った。
「以前、ロウェンさんは大昔に作られて、今は廃れてしまった〈迎撃魔法〉という物について話してくれたでしょう」
「あぁ、あれ。……しかし、あれは歴史書に少し記述があるぐらいで実在したかも怪しいですし、そもそも邪神由来の魔法と言われていますから、正式に研究された事も無いですよ」
「でも、蛮族なら使っていてもおかしくないはずです」
 南の蛮族と呼ばれる人々は、帝国や他の国々で信じられている〈現神〉を信じていない。代わりに彼らが奉じているのは、〈現神〉を信じる人が〈邪神〉と呼んでいる存在だった。人の世をめぐり、人に悪心を与えたとされるその神々を信じているという事が、蛮族討伐の宗教的な裏づけにもなっていた。
 ジャスティンの言葉に、ロウェンは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに立ち上がった。
「わかりました。少し書庫のほうを調べてみましょう」
「手伝います」
 時間はさほどかからなかった。ロウェンの努力によって書庫の中はきちんと整理されており、目的とする書物を探そうと思ったらすぐに見つける事ができたからだ。ほどなく、机の上にはいくつかの羊皮紙と巻物、それに革で装丁された本が載っていた。
「〈迎撃魔法〉とは、かつて〈邪神〉たちが作り出したとされる魔法の一派です」
 ロウェンが、羊皮紙を丁寧にめくりながら話し始める。
「私達の使う魔法は、知ってのとおり〈現神〉が作り出したもの。それらは、この世界を魔力を通じて書き換え、様々な現象を引き起こします。結果として引き起こされる現象を、私達は攻撃に利用したり、防御に利用したりするわけです」
 ジャスティンは頷いた。攻撃用の魔法を防御に利用する事もしばしばあったし、防御用とされる魔法は、たとえば壁に使える物を作り出すなど、防御に使えるから防御に使っているというのが実情だ。
「しかし、〈迎撃魔法〉は根本的に異なります。これらの魔法は、相手の魔法や攻撃を防ぐために作られたものです。一種の結界のような物、あるいは魔法や魔法を使った術者めがけて飛んでいく〈魔法の矢(マジックボルトと呼ばれる魔法の一群。対象を自動追尾する)〉……というのが、最も近い表現でしょうね。
 こちらの攻撃を感知して、自動的に防ぎます。物理攻撃も魔法攻撃も、どちらも防げるようです」
 言いながら、ロウェンも今回の魔導師の話と〈迎撃魔法〉の話に共通点があることに気がついた。同じように気づいていたジャスティンは、少し興奮気味に先を促した。
「弱点などは分かりますか?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね……」
 ロウェンはあわただしく羊皮紙をめくっていたが、それ以上の記述は無かったようだ。代わりに巻物を取るとこちらを改め始める。
「……かんばしい記述はありませんね。歴史――というより神話では、〈賢者〉から魔法の秘術を教わり、独自の魔法を作り上げた〈現神〉に対抗して、〈邪神〉たちが作り上げたものと言われています」
 それゆえ、〈現神〉を信じるジャスティンたち帝国人やその祖先たちは、〈迎撃魔法〉を研究の対象としてこなかった。やがて、その魔法体系は廃れ、使われなくなっていったのだ。
 巻物にもそれ以上は無かったのだろう。今度は本のほうを手に取った。
「こちらには、もう少し詳しくありますね。……〈迎撃魔法〉が廃れていった理由には、現神信仰以外にも理由があったと書かれています。これは、奇人と呼ばれた昔の魔導師の本ですが。
 本の内容が事実なら、この人物は〈迎撃魔法〉の一つを再現する事に成功したと。ですが、それには実戦で使う上で、致命的な欠点があったそうです」
 ジャスティンは、心臓が大きく跳ねるのを感じた。欠点があるなら、そこを突けば倒す事ができる。だが、ロウェンは困惑した顔で先を続けた。
「それは使用に際し、いちいち呪文を唱えなければいけない事だったそうです。確かに、自動的に迎撃はしたようですが、それも相手の攻撃をあらかじめ読み、長い呪文を唱えて魔法を発動待機の状態にしておいて、初めて使えたそうです。待機状態にしている間はそれだけで魔力を消耗する上に、集中が途切れれば魔法が消えてしまうという事で……実戦で使うには、あまりに使いづらいようですね」
 それを聞き、ジャスティンは落胆した。その内容は、今回の蛮族の魔導師のケースとあまりに違いすぎる。蛮族の魔導師は呪文を唱える事も無く、しかも連続して攻撃を防ぎ続けたばかりか、並行して槍の魔法まで使ったのだ。
 〈迎撃魔法〉ではないのか……ジャスティンは、そう思うというより、そう信じたかった。もし仮にその魔導師が使っていたのが〈迎撃魔法〉であるなら、それは弱点を克服した〈迎撃魔法〉だったという事になるからだ。
 二人が黙り込むと、雨音が静かに二人を包み込んだ。単調な雨の音と古びた本の匂いに包まれて、ジャスティンは無意識のうちに心がどこかへ行ってしまっていたのか――ふいに、子供の頃のことを思い出した。
 初めて、母に連れられて魔法都市レスティナの中枢――動力炉である〈レスティーアの心臓〉や都市を空に浮かせるための機械などを見て、自分は大喜びしたものだ。
 どうやって動いているの、と尋ねる自分に、母は、ここにある機械は私達と同じように魔法を使っているのよと話してくれた。それを、まるで童話の中の話のような、神秘的な印象で聞いたのをジャスティンは覚えている。後に、魔法について本格的に学び始めた時、自分達が呪文とそこに織り込まれた言霊を利用して魔力を加工するように、機械は魔力感応金属やそこに彫り込まれた紋章によって魔力を加工し、魔法にしているのだと知った。
 ジャスティンの中で何かがひらめき、〈迎撃魔法〉の話と結びついた。
「……人間が、使う必要は無いんじゃないかな」
 いぶかしげに顔を上げたロウェンの顔をまっすぐ見つめ、ジャスティンは続けた。
「人間が使おうとすれば、確かに呪文を唱えたり、あらかじめ準備しておいたり、大変かもしれません。けど、たとえば機械にそれをやらせれば? 十分に魔力を供給できる状態を作っておけば、〈迎撃魔法〉を待機状態のままずっと置いておけるかもしれません」
 ロウェンの顔に、理解の色が広がった。
「なるほど。〈迎撃魔法〉を発動する術式を用意しておいて、魔力を供給できるようにしておいて……なるほど、なるほど、理論的には不可能ではありませんね」
 もっとも、技術的な困難は多くあるでしょうが、と言いながら、ロウェンは席を立った。しばらく待っていると、ロウェンは手にいっぱいに巻物や本を抱えて戻ってきた。それを机の上に広げると、順番に手に取り始める。
「たとえば、機械にせずとも呪文を彫り込んだ呪石を利用する手段もあります。ミスリル銀のような金属板に、紋章を彫り込んでおくのも一つの手ですね。
 ……これなど、どうです? 杖などの武器に直接呪文を彫り込んでおく方法です。最近の魔力付加武器の製造で一般的になった技術ですけれど」
 ロウェンが持ってきたのは、様々な魔法発動の技術や魔力の供給技術に関する技術書だった。ジャスティンも手元の一冊を手に取ると、開いてみた。そこには、持ち主の魔力を吸い取って発動する魔法の石の話が書かれていた。その次のページには、魔力を吸い尽くされて干からびた人間の死体の絵が載っている。
「ですが、技術的に一番難しいのは魔力の供給方法――つまり、動力源の確保です」
 ロウェンがせわしなく本をめくりながら言う。
「連続して〈迎撃魔法〉を発動させるなら、相当の魔力供給力が必要なはずです。何か、別の呪石にあらかじめ魔力を蓄えておくのか、あるいは魔法を発動させる道具を持った人間から、直接吸い取るのか……いや、この方法だと連続して魔法を使うと命の危険が……」
 ロウェンの言葉に、ジャスティンはもう一度、干からびた人間の絵に目を落とした。これは違うな……と思いながら、ジャスティンは次の本を取るべく手を伸ばした。ロウェンの言うとおり、使用者から魔力を吸い取れば、この絵のように魔力を吸い尽くされて死んでしまう。話に聞く限り、蛮族の魔導師がこの方法を使っているとは思えなかった。
 だが、他の石に魔力をためておく方法も、接続の難しさなど、それはそれで困難がある。一番手っ取り早いのはやはり術者から魔力を供給する方法なのだが……そういえば、機械はどうやって魔力を供給されていたっけ……?
 一瞬考えかけたジャスティンは、この時、答えのすぐそばまでたどり着いていたのだ。だが、その直後、ロウェンが声をかけたために、ジャスティンのちょっとした思い付きは、彼の心の指先からすり抜けて落ちてしまった。
 二人は書物を紐解き、様々に議論しながら、夜が更けるまで話し続けていた。

 *

 薄暗い部屋の中。巨大な机の上に、対照的に小さなろうそくの明かりだけが灯る部屋の中には、机の周りに座る十数人の人影があった。みな、大きく襟の立った衣装を身にまとっている。
 昼から降り始めた雨は夜になっても降り続き、月明かりすら無い外は暗闇に包まれていた。
 夜の闇の中、密やかに交わされる会話とくれば、陰謀の話と相場が決まっている。
「……本当にその男は使えるのか?」
 声が、襟の立った衣装の上に黒いローブをまとった男へとかけられる。男がかすかに身じろぎすると、襟に留められた留め具と、そこに刻まれた杖と竜を組み合わせた紋章がろうそくの明かりに鈍く光った。
「彼が、宮廷魔導団の英才と呼ばれているのはご存知でしょう?」
「事実なのか? 単なるプロパガンダだと思っていたが」
 返事に、ローブの男は薄く笑った。
「無論、その一面もあります。知っての通り、彼は大昔の英雄の血筋だという触れ込みですからな。ですが、腕の方も保証しますよ。間違いなく彼は……天才でしょう」
 言って、男はあの若者の顔を思い浮かべた。涼しげな顔をして大魔法を振るう青年の顔が浮かび、男はムカムカと嫉妬が――本人はそう思っていなかったが――湧き上がってくるのを止められなかった。
 息を整え、男――宮廷魔導団の団長イーサ=ムントは内心を押し殺し、薄い笑みを顔に戻した。
「それに、これは“反皇帝派”のお歴々からも賛同いただけた人選です」
 暗闇の中にいた数人が頷いた。頷いた一人が口を開く。
「彼が、皇帝と親しい位置にいる人間である事は、皆さんもご存知でしょう。もちろん、たかが宮廷魔導師――」
 言いかけて、ちらりとイーサ=ムントの方に目をやった。
「失礼、宮廷魔導団を侮辱するつもりは無いのですよ。ただ、政治的な力を持っていない若造だという意味です。
 ……そう、そんな若造一人、何が出来るというわけではありません。ただ、皇帝陛下を追い詰めるには、外堀を埋めていくというのも重要な一手と考えるわけです」
「回りくどいが有効ということか」
 上座に座っていた老人の一人が答えると、“反皇帝派”の貴族は頷いた。
「そうです。口惜しい話ですが、今のあの皇帝を退位させるには、自らその王冠を脱がせる他ありません。毒を盛る方法もありますが、それでは私達が疑われる。最も安全で確実なのは、皇帝を精神的に追い詰めていく事でしょう。後は、前皇帝であるヴォードを一度復位させれば、特に大きな混乱も起きない」
 貴族は、くっくと笑いを漏らした。すぐに自分達、公爵の位を持つ貴族から皇帝を選んでは不要な争いを招く恐れがある。前皇帝ヴォードという、皇帝家の人間がいるからだ。病という、やむにやまれぬ理由から退位した皇帝が、病が癒えたとして再び帝位につく事は、前例の無いことではない。
「そして、我々の間で次の皇帝となる者が選び出され、その算段が整ったら……死んでいただく。彼は今も心の臓の病で寝たり起きたりの生活です。突然死んだとしても不思議は無い……医者を脅せば、心の臓の薬と偽って毒を盛るのも難しくないでしょう」
 自ら王冠を脱いだ皇帝がもう一度帝位に就く事はありえない。皇帝家の人間の中から皇帝を選ぶ事はできなくなり、堂々と公爵の中から皇帝を選ぶ事ができる。
 じっとその話を聞いていた窓際に座る女が口を開いた。
「面白いお話ですわ。……でも、レオン陛下を退位させる必要はあるのかしら」
 “反皇帝派”の貴族たちが女を見る。彼女が“反皇帝派”の貴族ではない事を彼らは知っていた。むしろ彼女は、レオンによって前任者が解任された事で農水執政官(農林水産大臣)の地位に就いた人物だった。彼らの視線を受け、女は笑みを浮かべる。
「勘違いなさらないでね。私は何も、レオン陛下の肩を持つ気は無いの。私だって、彼が〈神聖皇帝〉を名乗る事には反対ですもの。……ただ、今聞いたお話、少々絵空事のような気がして」
 女は妖艶な笑みを浮かべると、腕を組む。
「危ない橋を渡りすぎではありませんこと? ヴォード前皇帝陛下も、私たちに簡単に踊らされるほど甘い人物ではありませんし。
 ……問題なのは、レオン陛下が〈神聖皇帝〉を名乗られていること。彼が〈暗黒皇帝〉を名乗るようになれば、問題は無くなると思いますの」
 “反皇帝派”ではない幾人かが、同意の頷きを見せる。
「……では、どのようにするのがよいと?」
 険のある口調で“反皇帝派”の男が切り返すと、女はやわらかく微笑んだ。
「あら、手段は同じで良いと思いますのよ。その陛下と親しいという宮廷魔導師の男を、南の蛮族討伐に派遣すれば」
 女は笑みを浮かべたまま、部屋にいる人々を見回した。
「彼が、蛮族の魔導師を倒してくれば御の字。殺されてしまえば、陛下を追い詰めるのに利用できる。どちらに転んでも悪いことは無い。そうではありません?」
 平然と言い放つ女に、宮廷魔導団団長イーサ=ムントは頷いた。あの若造が蛮族の魔導師を倒してくれば、それは宮廷魔導団の手柄となる。逆に倒されてしまえば、“皇帝を追い詰める”事を考える貴族たちに売り込める。まったく、どちらに転んでもうまみのある話だった。
 それだけに、イーサ=ムントはあの若造が蛮族と刺し違え、どちらも死んでくれるのが最もおいしい話だと考えていた。
「それで……何と言いましたっけ、その宮廷魔導師の男」
「ジャスティン=ラグナーです」
(刺し違えて来い。せいぜい盛大に弔ってやる。救国の英雄にでも祭り上げてやろう)
 イーサ=ムントは、闇の中で微笑んだ。


  

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