「ハムちゃん、今日は何の講座やるの?」
「その説明をするために、フィリス、これを持て」
「……? おっきい輪ゴム? なにこれ?」
「持ったな? じゃあ、絶対にそこを動くなよ。……そーれ!」
「え、わっ、ハムちゃん!? いきなり走り出してどこへ――って、輪ゴム伸びてる!」
「そーれ、もっと行くぞー!」
「ちょっ、ハムちゃん!? 伸びてるってば! 輪ゴム!」
「あたりまえだろう、輪ゴムなんだから。そーれ、それそれ!」
「あ、わ、や、いやいやいや! 伸びすぎ、伸びすぎー!?」
かちゃかちゃ!
「ちょっ、え、は、放せない!?」
「知らないのか、フィリス。悪魔の実を食べると、海に嫌われて輪ゴムが外れなくなるんだ」
「違う! ハムちゃん、それ違う!」
「そーれ、後少しだ、引っ張れ引っ張れ!」
「あわわわわ、作者権限で動けなくしたのね!? いーーーーやーーーーー!」
「ぱっ」
ばちこーーーーんっ!
「げぶふっ……!」
「ふぅ……分かったか、フィリス。これが今日のテーマ、伏線だ!」
「全然……意味、わかんない…………がくっ」
今日のテーマは伏線です。伏線は、ゲームを面白くするためのシナリオ技法として、よく知られている物の一つでしょう。謎の人物しかり、意味がありそうだけどその時点ではよく分からないシーンしかり、後になって気づくセリフしかり……シナリオを盛り上げる技法として、伏線はぜひとも使いこなしたいものです。今回は、そんな伏線についてです。
「まず、伏線の種類に先立ち、伏線とはどんなものか? という概観を見てみよう」
「概観……つまり、伏線って総じて言うとどういう物? ってことね」
「そう。フィリス、伏線と言われると、どんな物を想像する?」
「ん〜、そうね。やっぱり、一番多いのは『謎の人物』じゃないかしら。謎のイケメンが登場して、かっこいいセリフとか言うと気になるわ」
「じゃあ、なぜそれが気になるのか、考えた事あるか?」
「なぜ? んーっと……謎だから?」
「そう、“謎”。これは伏線を語る上で重要な単語だ。でも、必ずしも“謎”でなくても伏線である事はあるな?」
「たとえば……何気なく見過ごしてて、後になって見直した時に『あぁ、そういうことだったのか!』って気づくような?」
「そう! そういう場合もある。他にもあるな? たとえば、『そうですか、あなたが……』なんてセリフを言わせておいて、後でその人物となにがしか関わりがあったと判明するようなもの」
「謎、というより、関係を匂わせてるセリフ、ってことね」
「そう。……こうしてみると、一口に伏線と言っても色々あるように見える。さて、これらに共通する特徴、あるいはシナリオ上の意味とはなんだろうか?」
「んん、抽象的で分からないよ。つまり、伏線とは何か? てこと?」
「そう。では言ってしまおう、俺は伏線とは『引っ張り力』だと思っている」
一口に伏線、といっても色々なやり方があります。伏線を配置する(これを『伏線を張る』と言ったりしますが)やり方も色々あれば、明らかにする時のやり方も色々あります。しかし、それらには共通する特徴があります。それは、『その時点では分からない物を用意しておき、後になって明らかにすること』です。
たとえば、最初の謎のイケメンの例でいえば、最初、謎のイケメンは『謎の』人物として登場することでプレイヤーの興味を引きます。『謎』というのは重要な概念で、お話の中で『謎』は『謎が解ける』というアクションと一体となっています。謎のイケメンは、『謎』であることによって『この人物は何者だろう?』『どのようにお話に関わるんだろう?』と興味を引きます。そして、最後に『謎が解け』て『あぁ、そういうことだったのか!』と納得や感動を呼ぶ事が出来ます。これが、『謎』の無い人物であれば、このような事はありません。
この概念を分かりやすくするために、伏線をゴム、あるいはバネにたとえてみましょう。ゴムやバネは、引っ張れば引っ張るほど手を離したとき大きく戻ります。つまり、引っ張ることでゴムやバネには力(物理では弾性エネルギーなんて言いますね)が蓄えられているわけです。伏線も同じことです。伏線を張った時点から“ゴム”を引っ張りはじめ、明らかになった時に一気に解放する。すると、伏線(ゴム)に蓄えられていたエネルギーが一気に解放され、感動や納得を生むわけです。これが、伏線を『引っ張り力』と呼ぶ理由です。
「分かったか? フィリス。名付けて『ゴムゴムの伏線』理論だ!」
「そのギリギリアウトなネーミング、なんとかならないの?」
「うっさい。とかく、伏線とは物語のエネルギーを、謎なりなんなりで蓄えておいて、後でまとめて使うためのものと言っていい。一気に解放するから、そのぶんプレイヤーさんは大きく揺さぶられる」
「そういうもんかしら?」
「そういうもんだと思う。現にフィリス、ここまで説明したらオープニングのコントの意味、分かったろ?」
「む……まぁ、言われてみれば」
「初めから意味の分かるコントをやっていたら、たぶん、印象に残らないだろう。だが、最初意味が分からず、後になって分かる事でコントも印象に残るし、コントが言いたかった事もより強調されると思う。これが伏線というものだ」
「なるほど……じゃあ、具体的にどういう風にやればいいのかな?」
「具体的な伏線の使い方を見てみよう」
1)謎の人物、謎の道具
「一番オーソドックスな使い方だと思う。謎の人物や小道具が登場し、後になってその謎が解き明かされる」
「たしかに、謎の人物や道具って、あとになって必ず正体が分かるよね」
「分からないと困る。最後まで分からずじまいの場合、大抵『伏線を回収し損ねた』と言われてしまう事になる。この使い方の良さは、何といってもやりやすさだろう。プレイヤー側も一目で伏線だと分かるから気になるし、作る側も一つの人物や道具として登場させているから、うっかり忘れることはまずない。慣れないうちは、こういう分かりやすい伏線から始めてみるといいだろう」
「やりやすい分、上手く使わないと浅くなっちゃう気もするけど……」
「その通りだ。この場合、魅力的な登場シーン(最初の伏線を張るシーン)は作るべきだろう。カッコよく登場するイケメン、いかにも謎の場所で手に入れた謎の小道具、といった方が印象に残るだろうな」
「伏線を張ったら、どうするの?」
「先ほども言った通り、伏線は引っ張り力だ。だから、引っ張ってやらなければいけない。引っ張るやり方は2種類ある。一つは、純粋に時間経過すること。序盤で登場して序盤で明らかになるより、序盤で登場して終盤で謎が明らかになる方がインパクトは大きい」
「たしかに……出てきてすぐに謎が解けちゃうと、あんまりインパクト無いかも」
「もうひとつは、積極的に主人公――伏線に対する本線、に関わることだろう。1度しか出てこない人物より、何度も関わる人物の方がそれだけ印象深くなる」
「ゲストキャラとして、一緒に戦ったりしても面白そうね」
「そうそう、そういうアイデアが大事。実際に操作できたりすると愛着もわく。何度も関わって引っ張り力を溜めておいた人物の大きな謎が明らかになる時、それは大きな力を発揮するだろう」
2)思わせぶりな発言
「二つ目は思わせぶりな発言だ。これは、既に登場している人物に謎や秘密がある場合、それをほのめかすために使われる」
「たとえば、どんなのがあるかな?」
「大きく分けて2種類ある。『明らかに分かるセリフ』と、『一見そうと分からないセリフ』だ」
『明らかに分かるセリフ』の例
A)匂わせるセリフ
「彼女は○○という名前なんです」
「そうか、この子が……」
『……』の部分に何か入ることを匂わせています。この部分が謎として、伏線になるわけです。他にも「ふ、計画は順調だな……」「そろそろか……」なども、明らかに伏線を匂わせるセリフと言ってよいでしょう。一番オーソドックスな使い方かもしれません。
B)謎を主張するセリフ
「また会おう、リディア=ローラン」
「……あれ? 私、フルネームって教えたっけ……?」
一見すると聞き流してしまいそうなセリフを、あえて取り上げる事で印象に残すやり方です。ここで聞き流させておくと、『一見すると分からないセリフ』になります。その人物の謎を際立たせ、『これは伏線だぞ! 覚えておいてね!』と主張したい時は、あえてこのようにするのが一つのやり方です。
C)明らかに謎めいたセリフ
「ふふっ、フィリス……ジョーカーはあなたの手札に紛れ込んでいるのよ?」
明らかに謎めいたセリフ、なにかを暗示しているセリフです。『一見そうと分からないセリフ』とも取れますが、そのセリフが『伏線であること』は明確なのでこちらに分類しました。このセリフで暗示されていたことが、後になって明らかにされるわけです。他にも、「ま、その辺は秘密ってことで!」などのように、はっきり言わせてしまうのもよいでしょう。
『一見そうと分からないセリフ』の例
A)文脈に紛れ込むセリフ
女「ホームシックかな……なんだか、家のことを思い出しちゃった」
男「あぁ、似たような景色の場所に行くと、無性に懐かしくなる事ってあるよね」
後になって、男は昔戦争で故郷を失っていたと明らかになる――といったやり方です。なかなか難しい技法ですが、上手く会話の中に滑り込ませておくと、後で見直した時『あぁ、なるほど!』と思ってもらえるでしょう。これを作る時のコツは、行われている会話の流れに逆らわずに入れることです。ここで「そういえば〜」などと言って露骨に話題を転換してしまうと、会話も不自然になりますし、伏線と分かってしまいます。
また、つい見過ごしてしまうような行動やシーンもこの分類になるでしょう。
B)後になって考えると矛盾しているセリフ
メイド「旦那様が帰ってくる所を見ました。それから、食事の用意をしたんです」
しかし、旦那が帰って来たのは食事の後であり、後になって矛盾したセリフである事が分かる……というやり方。推理物の小説などで、犯人をほのめかす伏線として使えるでしょうか。最初の時点では、プレイヤーは犯人が誰か知りませんので何気なく読み飛ばしてしまいますが、後になって『あれ? おかしいぞ』と思わせます。その時点では知りえないはずの事を知っている、なども同様の例でしょう。
C)他の意味付けの中に隠れさせる
「ねぇ、知ってる? あの二人、昨日デートしてたらしいよ」
「うっそー! あの二人付き合ってるの!?」
「○○が、一緒に歩いてるところ見たんだって!」
実はデートではなく二人でモンスター退治していた、など。あまり上手い例でなくてすみません。セリフだけでなく、行動の中に隠れさせるやり方もあります。仲間の人物が村人を虐殺していると思ったら、実は村人は魔物が化けた物だった――のようなやり方です。最初の段階では『なんで、彼が村人を!?』と思わせておいて、実は〜、というやり方と言えます。
さらに高度なやり方としては、一つのセリフ・設定の中に複数の意味付けをして伏線としておく方法です。たとえば、「エルフは植物と会話が出来るのよ」⇒植物と会話し、その力を借りて進む⇒最後に主人公も植物であった事が発覚する、というようなやり方です。この場合、主人公が植物であるが故の伏線(光を浴びると元気になる、など)を別途張っておくことになります。
「『明らかに分かるセリフ』の方が作るのは簡単だ。はじめはこちらから挑戦するといいだろう。また、『一見そうと分からないセリフ』はお話の『どんでん返し』をする時に必要になる」
「どんでん返し……というと、『実は〜〜だった』みたいなのが最後に明らかになるパターンだよね?」
「そうだ。『実は〜〜だった』を何の伏線も張らずにやると、『え? なんで?』『ご都合主義じゃん』と思われかねない。とはいえ、分かりやすい伏線を張っておくと、どんでん返しする前にバレてしまうから、『一見そうと分からない』分かりにくい伏線を使う必要がある。推理物の小説を想像すればいいだろう。意外な人物を犯人にするために、その人物が犯人であることを随所で匂わせる必要がある……が、やりすぎると探偵より先に読者が犯人に気付いてしまう。このさじ加減が難しいワケだな」
3)本番前の前振り
「いきなり成功すると盛り上がらなかったり、ご都合主義と思われてしまったりする恐れがある場合、この伏線を使う」
「具体的にはどんな感じ?」
「ライバルとの決戦を考えてみよう。いきなり会って、一回目の勝負で勝っちゃったらどう?」
「うーん、あっさりしてるよね。たしかに、盛り上がりに欠けるかも」
「だろう。じゃあ、何回も戦って、最後の最後に決戦――とやる時に、どうやったら盛り上がるだろう?」
「そりゃ、決まってるわよ。何度戦っても勝てない、いつもアイツは俺より強い――でも最後には勝つぜ! 勝利・友情・努力! これよ!」
「まぁ、勝利だし、仲間の力を借りれば友情だし、特訓すれば努力だな。確かにその通りで、ようは『最後に勝つ』ための伏線として『あらかじめ負けておく』わけだ」
「前の回の『意外な展開』でも似たような事言ってたね」
「そう。詳しくはあちらを見てくれ。他にも『“どんな傷も治せる薬”を使うが、一度目に仲間を救おうとした時は失敗し、仲間は死んでしまう。しかし、最後に主人公が死にかけた時、その薬を使って助かる』なんてやり方もあるな。これを、何もせずいきなり『最後に死にかけた主人公が薬を使って助かる』とやると、『ご都合主義じゃん』と思われてしまう恐れがある」
「こういう伏線の使い方、実際にやってる作品ってあるかしら?」
「あるぞ。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』見てみ。ラストシーン」
「なるほどー、伏線を張るって一口に言っても、色々あるのね」
「網羅できていない物もあるだろうから、自分なりに研究してみるといいだろう」
「最後に、上手く伏線を作るコツみたいなのってある?」
「あらかじめきちんと作っておくことだな。謎の人物の正体、そのキャラクターが隠している秘密などを考えておき、その伏線になるものを適宜入れていく。そういう意味では、一度後ろの方まで作っておいて、後で改めて前に戻って伏線を挿入するのも方法の一つではある。あらかじめ決めておくに越したことは無いけど、ちょっとセリフをいじるだけでも伏線に出来たりするからな」
「前に戻って作り直してもいいけど、基本はあらかじめ作っておくってことね」
「あと、お勧めしないやり方だけど、どうしようもなくて無茶な展開をさせる時、その衝撃を和らげるために伏線を作るって方法も無い事は無い」
「無茶な展開、っていうと?」
「たとえば、死んだはずのキャラを実は生きてた、ってことにするとか。俺は一度だけやった。一斉反撃の時に人が足りなくて、仕方なく生きてた設定にして登場させたんだが、それだけだとまずいんで、その前のシーンに伏線を作った」
「あー、どの作品の事か分かったー」
「ジト目で見るな。お勧めしないと言っているだろう。最後に注意。一度張った伏線は原則回収しよう。最初にも言った通り、伏線は引っ張り力だ。伏線を回収(謎を解く)しないと伏線未回収となってしまう。すると、せっかく溜めた力が何もならずに終わってしまう。ただし、明らかに続編を作る予定がある場合は、伏線を回収せずに残しておくのも一つの方法だ。
また、あえて回収しないで、あるいはハッキリと描写しないで、謎のままにしておいて、プレイヤーの想像に任せる……というのもやり方としてはあるんだが、難しいからあまりお勧めしないな」
「さて、講座も終わったし……ハ〜ム〜ちゃ〜ん? 覚悟はできてるわよね?」
「なっ、おま、槍構えて何言ってんだ! 目が怖いっつーの!」
「ふふふ、知らないの、ハムちゃん。悪魔の実を食べると、コンクリに埋められて泳げなくなるのよ」
「違う! フィリス、それ違う!」
「オープニングのコントはこのための伏線よ! くらえ、ゴムゴムのリーサルエデン!」
「うわああああっ!?」
どかーーーーんっ!
1)伏線は引っ張り力。謎や思わせぶりなシーンでエネルギーを溜める。
2)伏線には謎の人物・道具、伏線のセリフ、本番前の前振り、がある。
3)伏線のセリフには『明らかに分かるセリフ』と『一見そうと分からないセリフ』がある。
4)『謎の人物・小道具』、『明らかに分かるセリフ』が作りやすいので、最初はオススメ。
5)一度張った伏線は原則回収する。